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■アルファロメオのエンブレム アルファロメオのトレードマークはミラノ市の紋章とミラノ一の貴族であるヴィスコンティ家の紋章を組み合わせたものです。 ミラノ市の紋章である赤十字白地に赤い十字架の紋章は、第一回十字軍遠征のときに聖地エルサレムの城壁を最初に登り、そこにキリスト教のシンボルである十字架を立てた者がミラノ出身であったことから制定されました。 ヴィスコンティ家の紋章である大蛇のシンボルは、第一回十字軍の遠征行軍中、ヴィスコンティ家の初代、オットーネ・ヴィスコンティがサラセン人と決闘となり、倒した相手の楯に刻まれていた紋章がこの大蛇であった、という故事にちなんだものです。 1910年に最初のアルファである24HPが製作された時、製図技師であったロマーノ・カッタネオとデザイナーのジュゼッペ・メロージが一緒に考えたマークがアルファロメオのエンブレムの始まりです。 その後、何度かの変更が行われ、今日に至ります。 |
| ■アルファロメオの歴史 アルファロメオは1907年にフランス人アレクサンドル・ダラクが設立した自動車会社ダラクが前身です。 イタリア・ミラノ工場のマネージングダイレクターであったウーゴ・ステラが、長距離ツーリングやレースに最適なスポーツカーをデザインするよう、ジョゼッペ・メロージ(アルファ最初の設計技師)に指示し、製作したものが起源です。 1910年に社名を「ロンバルディア自動車製造会社」へ改めた時、その頭文字 Anonima(有限会社) Lombarda(ロッバルディア) Fabbrica(製造会社) Automobili(自動車) をとり、「ALFA」となりました。 1915年にニコラ・ロメオが経営不振のALFAを買い取り、1920年より自分の名前を社名に加えて「アルファロメオ」と言う名前になったのです。 一般的にはあまり知られていませんが、今では当たり前である「DOHCエンジン」や「可変バルブタイミングシステム」を市販車に始めて載せたメーカーもアルファロメオなのです。 |
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アルファロメオ年表
| 1910年 | アルファ最初のモデルである24HPがジュゼッペ・メロージの設計により製造開始。 |
| 1913年 | 40−60HP登場。2年間に27台生産される。第1回パルマーベルチェト・ヒルクライムレースでクラス1、2位を獲得。その後も数々のレースで優秀な成績を残す。 また、当初としては驚異的な139km/hを1914年に記録。 |
| 1914年 | 24HPに改良が加えられ、20−30HPと車名変更。(〜1920年まで製造される) グランプリ1914が開発される。アルファ初のDOHCエンジン。 |
| 1915年 | ニコラ・ロメオがアルファ社を買い取る。第一次世界大戦下で航空機、コンプレッサーエンジン等の軍事生産を行う。 |
| 1920年 | 車名を「アルファロメオ」に変更。自動車の生産を再開する。 |
| 1933年 | アルファロメオは公的機関であるIRI(Istitute RiconstruzioneIndustriale:産業復旧公社)に管理下におかれ、国営組織となる。(その後1948年にはIRIのもとにフィンメカニカ社が結成され、その下にIRIの全ての製造業者が集約される。) |
| 1935年 | レースカー「ビモトーレ」がヌヴォラーリの操縦により321.5km/hを記録する。 |
| 1940年 | 第二次世界大戦勃発。航空エンジン等の軍需生産を行う。 |
| 1946年 | 自動車の生産が再開される。 |
| 1948年 | フィンメカニカの管理下に入る。アルファロメオSPAに車名変更。 |
| 1960年 | アルファロメオ創立50周年。 |
| 1972年 | アルファロメオ初のFF車(前輪駆動車)、アルファスッドの販売が開始される。 |
| 1985年 | アルファロメオ創立75周年。 |
| 1986年 | フィアットオート車に買収され、「フィアット・ランチア・インダストリアーレ」というフィアット傘下の民間企業になる。(1990年にはフィアトオート社に完全に吸収される) |
| 1990年 | 日本にアルファロメオ初の子会社である「アルファロメオジャパン株式会社」を開設。翌年にはフィアットブランドの取扱いも開始し、会社組織も改組されフィアットアンドアルファロメオモータースジャパン株式会社となる。 |
| 1997年 | フィアットアンドアルファロメオモータースジャパン株式会社から「フィアットオートジャパン株式会社」へと社名変更。アルファ156登場。 |
| 1998年 | アルファ166発売。 |
| 2001年 | アルファ147登場。 |
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